生きる価値とは結論編

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どんな状況に中においても
希望を見出そうとする曲です。
みなさんの背中を少しでも
押すことができますように。


~あらすじ~
生きる価値について考えてました。

いろいろ考えてるうちに、
ふとゴッホのことを思い出したんですね。
「ひまわり」を描いたゴッホ。

彼は死後ようやく画家として
高い評価を得たわけですが、
じゃあ生前は画家として
「価値のない存在」だったのか。

そもそも「価値がある」というのは
どの時点
誰が判断するそれを
基準として話をしているのか?。

その辺の石ころはわたしにとって
石ころでしかないかもしれませんが、
道路に絵を描きたい子供にとって
宝物のような素材かもしれません。

「自分に価値があるのか」。

ありふれた言葉だし悩んだけれど、
よく考えてみたら
ものすごくあいまいな問いなんですよね。
1人じゃ判断できないばかりか、
死んでも判断できない問い。
つまり、絶対にわかりようない
悪魔の問いなのです。

そこまで思い至った時に、
そんな超然的な問いを
1人わかったような気になったわたしは
あまりにおこがましかったな・・・。
と反省しました。

でも清々しいのは、
絶対にその問いを知りようないという点で
この世のすべての人間は
すべからく平等だということ。

誰もが1回限りのこの生を
体当たりで乗り越えている。

そう考えていたらなんだか
そのスケールのでかさと
それが事実であるという
神秘に打ちのめされて
価値なんてどうでもよくなりました。

(結局)

生まれたものが存在する意味や価値より、
もしかしたら意味や価値なんて
ないかもしれないのに
それが奇跡的に生まれたという
確率や事実の方が美しいしね・・・。

わたしみたいなちいさな存在の、
さらにちいさな頭の中ごときでは
到底解き明かせない現実がある。


それをなんとかしようとするより
その現実の神秘さに身をゆだねて
「すごいね、きれいだね」
と笑っているほうが
なんかわたしらしいし
その様を見て誰かに喜んでもらうほうが、
そして
その喜びを表現した美しいメロディを
1つでも多く生み出したほうが、
ずっと生産的で
結果的に価値を生み出せるよな、
と感じたのでした。

これがわたしなりの結論かなー。


振り返ってみると
「つまらないことで
なんて時間を浪費したのかしら・・・」
と思うのですが、

うーんなんなんですかね

数ヶ月に1度くらい
ふとしたきっかけで自分を
許せなくなってしまうんですよね。
しゃーない。どうしようもない。

でもこれもわたしなので
都度向き合っていきたいと思います。
向きあうたびに
ほんの少し前へ進めている気もするし!

こういった果てのない問いや
得体の知れない胸のもやつきに
日々悩まされている人、
きっと他にもたくさんいると思います。

わたしにできることは
少ないかもしれないけど、
でもいっしょに生きていけたらいいよね。
そんなこともあるよねって
困ったもんだねって
乾杯しあっていけたらいいな。

そんな時に聞けるような
優しい音楽を作り続けたい。




Comay.